サイトを納品して、報酬も受け取った。
しばらくして、たとえばこんな連絡が来る。
「今後は別の方に更新をお願いしたいので、Figmaのデータとサイトのファイル一式をいただけますか」。
これは渡さなければいけないものなのか、渡すなら追加の料金をもらってよいのか。
受託で制作していると、一度は考える場面だと思います。
先に結論を書きます。
- 何を渡すかは、契約で決めた納入物で決まると考えられます。著作権を譲ることと、元データそのものを渡すことは別の話です。契約や見積もり、発注のときに示された条件の納入物に編集用データが入っていなければ、当然に渡す義務があるとは言いにくい、と私は考えています。ただ、そうはっきり書いた公的資料は見当たりませんでした
- 契約に無い元データを無償で求めることは、国の指針が問題にしています。公正取引委員会などの知的財産の取引についての指針は、契約で決めていなかったために中間成果物のデータまで無償で求められることを「望ましくない商慣習」と書いています。取適法の運用基準には、委託内容に無いデザインのデータを対価なしに出させた違反事例があります
- 私の受注62件のうち、元データやソース、アカウントの引き継ぎを求められた記録は6件でした。最初から納品物に入っていたものも6件ありました
ふだんはフリーランスでWeb制作をしています(運営者情報)。
弁護士ではないので、ここに書くのは条文と公的資料の該当箇所、自分の記録で確かめたことだけです。
個別の契約の解釈は、専門家に相談してください。
著作権を譲ることと、データを渡すことは別
まず、「権利」と「物」は別だという整理から始めます。
文化庁の「誰でもできる著作権契約マニュアル」は、絵画を例にこう書いています。
著作物、例えば絵画を購入した場合、絵画の「所有権」を取得しますが、それで絵画に対する「著作権」を取得することにはなりません。
文化庁「誰でもできる著作権契約マニュアル」
著作権と所有権は異なる権利ですから、著作権を取得したい 場合には、所有権の取得とは別に、著作権譲渡について合意をする必要があります。
これは「物を買っても著作権はついてこない」という向きの説明です。
Web制作で問題になるのは逆の向きで、「著作権を譲ったら、元データも渡さなければならないのか」です。
この向きをそのまま書いた公的資料は、見当たりませんでした。
ただ、権利と物は別々に合意するもの、という考え方からすれば、著作権を譲る約束をしただけで、編集用の元データを渡す約束までしたことにはならない、と私は考えています。
データの場合、そもそも所有権の話になりにくい、という事情もあります。
民法は「物」を有体物に限っています。
(1) この法律において「物」とは、有体物をいう。
民法 第85条
同じマニュアルも、イラストの作成を頼む契約について、電子データで納める場合は成果物の所有権が問題になることはない、と書いています。
つまり、データで納めるWeb制作では、所有権を根拠に「元データも渡すべき」とは言いにくく、何を渡すかは契約で決めた納入物の中身で決まる、と考えられます。
IPA(情報処理推進機構)のシステム開発のモデル契約書は、納入物の所有権と著作権を別々の条に置いています。
著作権の帰属を検討した部分では、ソースコードについてこう整理しています。
倒産における著作権の帰趨については、対抗要件を具備する制度は存在しないものの、ソースコードや付帯するドキュメントの開示・交付を受けることは、納入物にソースコードを明記するか、エスクロウ制度の活用により対応可能である。
IPA「情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉」主要条項の論点整理(著作権の帰属/第45条)
著作権が作った側に残る場合や、作った側が倒産した場合に備える文脈で、エスクロウ制度と並べて書かれたものです。
著作権をどちらが持つかとは別に、ソースコードを受け取るかどうかは納入物の書き方で決める、という整理だと私は読んでいます。
第27条・第28条を書かなければ、作り変える権利は残ると推定される
元データの話と並んで確かめておきたいのが、著作権を譲るときの書き方です。
2 著作権を譲渡する契約において、第二十七条又は第二十八条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。
著作権法 第61条第2項
第27条は翻訳や翻案(作り変え)をする権利、第28条は作り変えたもの(二次的著作物)を利用する権利です。
「著作権を譲渡する」とだけ書いた契約では、この2つは譲った側(ふつうは作った側)に残ると推定されます。
文化庁の著作権テキストも、全部を譲るなら「著作権法第27条及び第28条の権利を含む」と書いておく必要があるとしています。
なお、著作者人格権(作品を勝手に改変されない権利など)は、譲ることができません(第59条)。
そのため、契約書に「著作者人格権を行使しない」と書くことがあります。
私の手元の契約書でも、4通のうち3通にこの定めがありました。
文化庁の資料は、この定めを入れると、改変されたり名前を出されなかったりしても異議を言えなくなるので注意が必要だ、としています。
元データを渡して発注者が自由に手を入れることを想定するなら、この3点(元データの引き渡し、第27条・第28条、著作者人格権)は、まとめて考えることになります。
契約に無い元データを無償で求められたら
公正取引委員会・中小企業庁・特許庁が2026年6月に公表した知的財産権・ノウハウ・データの取引についての指針は、この場面を正面から書いています。
当事者間において明確に契約内容として定めていなかったために中間成果物のデータ等についても無償提供等を求められる場合など、対等な立場を前提とした取引を推進する上で望ましくない商慣習の存在が考えられる。
公正取引委員会・中小企業庁・特許庁「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」
同じ指針は、取引上の地位が優越している発注者が、正当な理由なく中間成果物やその著作権の無償提供を求め、受注者が今後の取引を心配して受け入れざるを得ない場合は、優越的地位の濫用として問題となるおそれがあるとしています。
問題となりうる事例には、映像制作で次のようなものが挙がっています。
V 社は、映像作品の制作に係る取引において、一方的に、契約内容に含まれていない映像作品の制作過程で生じる加工可能データの無償提供を要請された。
同 事例2-22
当該データは取引先に提供したくないものであるが、取引先からの要請を拒否することができず、無償提供に応じざるを得なかった。
納品のあとで、ほかの事業者に作り直しを頼むために撮影素材のデータを無償で求められた例(事例2-23)も挙がっています。
冒頭の「別の方に更新をお願いしたいので」という場面に近いものです。
「加工可能データ」は、Web制作でいえばFigmaやPSDの編集用データにあたると考えています。
ただし、独占禁止法の優越的地位の濫用は、取引への依存の度合いなどを総合して判断するもので、どの取引でも当てはまるわけではありません。
フリーランス法と取適法では
フリーランス法の「考え方」は、知的財産権の扱いについてこう書いています。
このような場合に、特定業務委託事業者が特定受託事業者に発生した知的財産権を、業務委託の目的たる使用の範囲を超えて無償で譲渡・許諾させることは、不当な経済上の利益の提供要請に該当する。
公正取引委員会・厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」
また、発注者が知的財産権を譲り受けたいなら、発注のときに示す条件(3条通知)の「給付の内容」に、譲渡や許諾の範囲をはっきり書き、その対価を報酬に加える必要がある、とも書いています。
考え方には、給付の内容に無かった技術資料を無償で出させることを問題にする一文もありますが、これは「物品の製造を委託する場合」に限った書き方で、デザインやWebのデータを名指しした文は見当たりませんでした。
制作会社などから受ける仕事で、発注者の規模が大きい場合にかかる取適法(旧・下請法)の運用基準には、デザインの事例がそのまま載っています。
委託事業者は、中小受託事業者にデザイン画の作成を委託し、中小受託事業者はCADシステムで作成したデザイン画を提出したが、後日、委託内容にないデザインの電磁的データについても、対価を支払わず、提出させた。
取適法の運用基準 違反行為事例 7-9
どの決まりがかかるかは、発注者によって変わります。
- フリーランス法の第5条:発注者が従業員を使っている個人か、役員が2人以上いるか従業員を使っている法人で、1か月以上の業務委託の場合。受ける側が、従業員を使っていない個人か、代表者1人だけでほかに役員も従業員もいない法人であることも条件
- 取適法:期間の条件は無い。発注者が、Web制作会社や広告会社のように、制作を仕事として請け負ったり提供したりしていて、その一部をこちらに頼む取引が対象(自社のサイトを頼むだけの会社は、多くの場合あたらない。取適法 第2条第3項)。そのうえで、受ける側が個人なら、発注者が資本金1,000万円を超える法人か、従業員が100人(プログラムの作成なら300人)を超える法人であるとき
- 独占禁止法:数字の基準は無く、取引上の地位が優越しているかを総合して判断する。取適法やフリーランス法がかかる取引なら、原則としてそちらが優先して適用される
受ける側がフリーランス法の対象なら、発注したら条件を書面やメールで示す義務(フリーランス法 第3条)は、発注者の規模や期間に関係なくかかります。
渡すなら、何を、いくらで
元データを渡すこと自体が悪いわけではありません。
問題は、対価と範囲を決めないまま渡すことです。
知財の指針は、取引によっては成果物の対価と知的財産権などの対価を分けるのが適切な場合もあるとして、その対価についても話し合うことを求めています。
なお、取引の目的である成果物とそれに関連する知的財産権等について、その創出コストや将来的な価値等も考慮した適切な対価を設定するため、対象となる取引によっては、成果物の対価に知的財産権等の価値を含めて設定するのではなく、成果物そのものに係る対価と当該知的財産権等の利用又は譲渡に係る対価とを区別することが合理的かつ適切となる場合もあるため、双方が納得して合意するためにも、こうした知的財産権等の対価についても、積極的に話合いの場を設けることが望ましい。
同 知的財産権・ノウハウ・データの取引についての指針
同じ指針は、受注する側の工夫として、Webの例も紹介しています。
g 社は、ホームページ制作における中間成果物について、自社に当該中間成果物が帰属するという整理の下、中間成果物の提供を取引先から求められた場合には、都度、料金交渉をしている。
同 実践例2-7
違反の事例ではなく、受注者がしている工夫の紹介です。
見積もりの段階でデザイン料と制作費を分けて書いている会社の例もあります。
「元データはこちらに残す。
求められたら別途相談」と決めておくのは、国の指針にも載っているやり方だということです。
私の受注62件では、元データを求められたのは6件
自分の記録を数えました。
受注した案件62件(進行中と納品済み。
自分のブログなど自社の案件と、重複や記録の無いフォルダを除く)のうち、発注者から元データやソース、アカウントの引き継ぎを求められた記録があるのは6件でした。
そのうち、はっきり求められたのは2件で、残りは引き継ぎや編集の相談の中で間接的に出てきたものです。
| 元データ・ソース・アカウントの引き継ぎを求められた6件の扱い | 件数 |
|---|---|
| 渡した | 2 |
| 有償にした・別料金を示した | 1 |
| 断った・渡す範囲を決めた | 2 |
| 渡す案を示したが、受け渡しは無かった | 1 |
中身を一般化して書くと、たとえば次のようなものです。
- 自分で直したいと言われ、編集用のFigmaを渡す案を示したが、先方がその場での修正を選び、受け渡しは無かった
- ページの文言を自分で直したいと言われ、原稿のテキストのデータを無償で渡した
- Figmaを編集できないと言われたが、Figmaで編集できるようにするには有料の枠が要るため付けず、閲覧とコメントのままで進めた
- 保守の契約を外したいと言われ、サーバーやドメインのアカウントの引き継ぎは別途の費用だと伝えた
反対に、最初から元データやソースの納品が契約や見積もりに入っていたものも6件ありました。
Figmaのデータそのものが納品物だったもの、ツールのソース一式が納品物だったもの、仕様書にソースコード一式の納品が書かれていたもの、子テーマやツールを納品しつつ著作権はこちらに残して利用を許したもの、などです。
また、記録で分かる範囲で、自分が作ったデザインをFigmaの共有リンクで見せていたものが4件、発注者が用意したFigmaから実装したものが9件ありました。
共有リンクで見せていても、編集できる権限まで渡すかは別の話で、1件は閲覧とコメントだけにしていました。
契約書と募集には、どう書かれていたか
手元にある契約書4通(受注した案件のもの2通、商談中の案件が1通、失注した案件の合意書の案が1通)のうち、納品物の範囲を定めていたものは3通、元データや成果物の引き渡しを定めていたものは1通でした。
著作権の譲渡を定めていた2通は、どちらも第27条・第28条の権利を含むと書き、報酬の支払いを譲渡の条件にしていました。
著作者人格権を行使しないと定めていたものは3通です(条項や文言は出しません)。
取り込んだ募集内容のファイル1,319件のうち、元データやソースの納品に触れていたものは72件でした。
Figma・PSDなどデザインの編集用データに触れたものが59件、サイトのソースやファイル一式に触れたものが17件です(両方に触れたもの4件)。
72件のうち35件は、サービスの「納品ファイル」の欄でAI・PSD・Figmaなどが選ばれていたものです。
書かれ方は、趣旨をまとめると次のようなものです(原文そのままではありません)。
- 今後の更新や別の制作者での保守を考えて、デザインデータ・HTML・素材など制作物を全部出してほしい
- 契約が終わるときや求めたときに、ドメインの移管と制作データ一式の引き渡しに応じること
募集の段階で書いてある場合は、見積もりに含めるかどうかを応募のときに決められます。
書いていない場合は、最初の見積もりや契約で決めておくことになります。
頼まれたときに確かめる順番
- 1. 納入物の欄を見る:契約書・見積もり・発注のメールで、何を納めると決めていたか。編集用データやソース一式が入っていれば、渡すのは約束どおり
- 2. 著作権の定めを見る:譲るのか、使うことを許すだけか。第27条・第28条を含むか、著作者人格権をどうしたか
- 3. 入っていなければ、範囲と料金を示して相談する:完成したデータだけか、編集用データまでか。渡すならいくらか
- 4. 発注者の種類を見る:無償で強く求められるなら、フリーランス法や取適法がかかる取引かを確かめる
最初に決めておきたい3つ
- 納入物に編集用データを入れるか:公開したサイトだけか、Figma・PSD・ソース一式まで入れるか。入れるなら、その分を見積もりに入れる
- 著作権をどうするか:譲るのか、使うことを許すだけか。譲るなら第27条・第28条を含むか、著作者人格権をどうするか。報酬の支払いを譲渡の条件にするか
- あとから求められたときの扱い:納入物に入れなかったデータを求められたら、別途の料金で相談する。いつまで保管しておくかも決めておく
私の記録で元データを求められた理由は、「自分たちで直したい」「別の人に頼みたい」「保守の契約を外したい」といったものでした。
どれも発注者にとってはもっともな理由なので、断るかどうかより、何をいくらで渡すかを話すほうが、関係を保ちやすいと考えています。
まとめ
- 著作権を譲ることと、元データを渡すことは別の話。何を渡すかは、契約で決めた納入物で決まると考えられる(そうはっきり書いた公的資料は見当たらなかった)
- 著作権を譲る契約で第27条・第28条を書かなければ、作り変える権利は譲った側に残ると推定される
- 契約に無い元データを無償で求めることは、国の指針が「望ましくない商慣習」と書き、取適法の運用基準には違反事例がある。フリーランス法は知的財産権の無償の譲渡・許諾を問題にしている(発注者と期間の条件あり)
- 頼まれたら、納入物・著作権の定めを見て、入っていなければ範囲と料金を示して相談する
制作物を実績として公開してよいかは受けた案件を制作実績として公開していいのかに、契約書で見る場所は業務委託契約書で最低限見る場所にまとめています。
作業の途中で頼まれることが増えたときは作業の途中で依頼が増えたら、追加料金を請求できるのかをどうぞ。
