公開日は決まっている。
なのに、トップに載せる写真も、会社案内の原稿も、まだ届かない。
催促のメッセージを送ったが、返事は来ない。
このまま納期が来たら、遅れたのはこちらの責任になるのだろうか。
私の記録では、受注した案件の6割ほどで、素材や返事を待って作業が止まっていました。
先に結論を書きます。
- 納期が来れば、原則として遅れの責任が生じます。ただし、受注者に責めのない遅れなら、損害賠償の責任は負いません(民法 第415条ただし書)。発注者の責めで遅れたなら、発注者はそれを理由に契約を解除することもできません(第543条)
- ただし、「発注者は素材を出さなければならない」と定めた民法の条文はありません。協力の義務は、信義則や契約で考えることになります。IPAのモデル契約書は、発注者の資料の提供が遅れて起きた遅れについて、受注者は責任を免れると定めています
- 私の受注64件のうち、素材や返事を待って作業が止まった記録があるのは39件でした。待った日数が分かる29件では、案件ごとの最長の中央値が3日、いちばん長いもので52日です
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弁護士ではないので、ここに書くのは条文と公的資料の該当箇所、自分の記録で確かめたことだけです。
個別の契約の解釈は、専門家に相談してください。
納期が来れば遅れになるが、責めがなければ賠償は免れる
納期が決まっている仕事は、その日を過ぎれば遅れの責任が生じます。
債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。
民法 第412条第1項
ただし、遅れたことで損害の賠償を求められるかは、第415条が決めています。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
民法 第415条第1項
ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
ただし書の「責めに帰することができない事由」があれば、賠償の責任は負いません。
法務省の改正の説明資料は、改正前は履行できなくなった場合にだけ書かれていたこの免責を、遅れた場合(履行遅滞)も含む一般的な要件として定めた、と説明しています。
債務者に帰責事由がないことを同条後段(履行の不能)のみに限らない一般的な要件として定める。
法務省「民法(債権関係)改正の説明資料」
素材が届かないせいで作れなかったなら、受注者の責めに帰することができない事由にあたりうると考えています。
ただ、「素材が来なかったから免責される」と直接書いた公的資料は見当たりませんでした。
責めがあるかどうかは、契約の中身と、どういうやり取りがあったかで判断されることになります。
発注者の責めで遅れた場合、発注者は遅れを理由に契約を解除できません。
債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。
民法 第543条
また、損害が出たとしても、発注者の側にも落ち度があれば、賠償の責任やその額を決めるときに考慮されます(第418条)。
発注者に「素材を出す義務」を定めた条文はない
ここが大事なところです。
民法の請負の節にも準委任の節にも、発注者が作業に協力しなければならないと定めた条文は見当たりませんでした。
根拠になりうるのは、民法 第1条第2項の信義則です。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
民法 第1条第2項
2020年の民法改正の検討の途中では、法務省の資料が、システム開発で発注者が必要な協力をする義務について、こう書いていました。
また,例えば請負契約に該当するとされるシステム開発契約においては,注文者の側から必要な機能等について十分な指示がなく,開発者側の債務の履行に支障を来すことがあるとの指摘があるが,開発者が適切に債務を履行するために必要な協力をする義務も,本文(1)の付随義務に該当すると考えられる。
法務省「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」(平成25年)
ただ、この「付随義務」を条文にする案は採用されませんでした。
同じ資料は、こうした義務について、民法には信義則のほかに規定が無いが、事情に応じて認めた裁判例も多い、と書いています。
IPAのモデル契約書の解説も、最近の裁判例では発注者の協力義務が問題になることが多いと書いています。
つまり、協力の義務が認められることはあるが、それは条文から自動的に出てくるものではない、ということです。
素材が来ないことが、先ほどの第543条や、このあと触れる第536条第2項の「発注者の責め」にあたるかも、この協力の義務が契約ややり取りから認められるかで変わります。
受注者にも発注者にも責めがない遅れなら、第543条にはあたらないので、発注者が解除できる余地は残ります。
「受け取らない」ときの決まりと、準備したことを伝える決まり
民法には、発注者が受け取らないときの決まり(受領遅滞・第413条)もあります。
2 債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。
民法 第413条第2項
法務省の中間試案の補足説明(平成25年)は、ここでいう「受領」は検収のような意思を含まない、物理的な受け取りを指すと説明しています。
ただ、素材を出してくれない場面に第413条をどう当てはめるかを書いた公的資料は、見当たりませんでした。
受領遅滞は、受注者の側の「弁済の提供」と組になる仕組みで、その入口になるのが第493条です。
弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。
民法 第493条
ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
履行に債権者(発注者)の行為が要るときは、弁済の準備をしたことを通知して受領を催告すれば足りる、という決まりです。
第492条は、この「提供」をした時から、履行しないことによる責任を免れるとしています。
ただし求められているのは「準備をしたこと」の通知で、素材を催促しただけで当たるとは限りません。
素材待ちの場面にこれを当てはめた公的資料も見当たりませんでした。
素材が届けばすぐ進められるところまで準備したうえで、そのことと、何が届けば進められるかを文字で伝えておくのが、この条文に近い形だと考えています。
止まったまま完成できなくなったら、報酬はどうなるか
素材が来ないまま、結局サイトが完成できなくなった場合です。
発注者の責めで完成できなくなったなら、報酬の全額を請求できるとされています。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。
民法 第536条第2項
この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
法務省の説明資料も、仕事を完成できなかったことについて注文者に帰責事由がある場合には、報酬の全額を請求することが可能だと書いています。
ただし、やらずに済んだぶんの費用など、受注者が得をしたところは返します(同項の後段)。
発注者に責めがあるとまでは言えない場合、請負なら、できたところのうち分けられる部分で発注者が利益を受けるとき、その割合に応じた報酬を請求できます(第634条。
準委任なら第648条第3項)。
途中で止まった場合の報酬は制作の途中でキャンセルされたら、報酬はどうなるのかに詳しく書きました。
なお、改正の検討の途中には、「発注者が必要な行為(材料を提供することなど)をしなかったために完成できなかった場合」を名指しして報酬を認める案もありましたが、この文言は条文に入りませんでした。
契約で決めておけること
条文に無いからこそ、契約に書いておく意味があります。
IPA(情報処理推進機構)のシステム開発のモデル契約書は、発注者の協力と、資料の提供が遅れたときの扱いを定めています。
2. ソフトウェア開発業務の実施に際し、乙は甲に対して必要な協力を要請できるものとし、甲は乙から協力を要請された場合には適時に、これに応ずるものとする。
IPA「情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉」第24条第2項
4. 甲が前各項により乙に提供する資料等又は作業実施場所に関して、内容等の誤り又は甲の提供遅延によって生じた乙の本件業務の履行遅滞、納入物の契約不適合等の結果については、乙はその責を免れるものとする。
同 第39条第4項
「甲」が発注者、「乙」が受注者です。
解説は、ユーザの提供遅延などで履行遅滞が生じた場合に受注者に責任を負わせるのは酷なので免責するのだ、と書いています。
IPAのモデル契約は、企業の大きなシステム開発を想定したひな型で、法令ではありません。
それでも、「発注者が素材をいつまでに出すか」「遅れたら納期はどうなるか」を契約に書いておくという考え方は、小さなサイト制作でもそのまま使えます。
フリーランス法が問題にするのは、遅れを受注者のせいにすること
フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、発注者の協力義務そのものは定めていません。
ただ、公正取引委員会と厚生労働省の「考え方」は、報酬の減額(第5条第1項第2号)にあたる例として、次を挙げています。
④ 特定業務委託事業者からの作成に必要な原材料等の支給の遅れ又は無理な納期指定によって生じた納期遅れ等を特定受託事業者の責任によるものとして、納期遅れによる商品価値の低下分とする額を報酬の額から差し引くこと。
公正取引委員会・厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」
発注者が素材を出すのが遅れて納期に間に合わなかったのに、それを受注者のせいにして報酬を減らすのは、減額にあたりうる、ということです。
納期を延ばすこと自体についても書かれています。
発注者が納期を延ばして、決めた納期に受け取らないことは、原則として「受領拒否」(第5条第1項第1号)にあたるとされています。
② 納期を延期することにより、特定受託事業者の給付の全部又は一部を業務委託時に定められた納期に受け取らないこと。
同
ただし、これは発注者の都合で受け取りを先延ばしにする場面の話です。
素材が来ないせいで受注者の作業が終わらない場面とは、向きが違います。
素材待ちで止まったことへの費用や報酬の扱いを直接書いた記述は、考え方にもQ&Aにも見当たりませんでした。
第5条がかかるのは、発注者が従業員を使っている個人か、役員が2人以上いるか従業員を使っている法人(特定業務委託事業者)で、しかも1か月以上の業務委託の場合です(第2条第6項、第5条第1項、施行令第1条)。
受ける側が、従業員を使っていない個人か、代表者1人だけでほかに役員も従業員もいない法人であることも条件です。
一方、発注したら納期(給付を受け取る期日)などの条件を書面やメールで示す義務(第3条)は、発注者の規模に関係なくかかります。
示す項目は公正取引委員会の規則が定めていて、給付を受け取る期日は第1条第1項第4号にあります。
制作会社などから受ける仕事で、発注者の規模が大きい場合にかかる取適法(旧・下請法)の運用基準は、発注者が材料を支給する取引で、その支給が決めた日より遅れた場合には、納期遅れを理由に受け取りを拒めないと書いています。
フリーランス法の考え方の、受領拒否の説明には、この一文は見当たりませんでした。
私の受注64件では、39件で作業が止まった
自分の記録を数えました。
受注した案件64件(進行中と納品済み。
自分のブログなど自社の案件9件を除く)のうち、発注者の素材や確認の返事を待って、作業の全部または一部が止まった記録があるのは39件でした。
| 素材や返事を待って止まった39件の内訳 | 件数 |
|---|---|
| 素材(原稿・画像・ロゴ・ログイン情報・サーバー情報など)を待った | 32 |
| 確認の返事を待った | 31 |
| 待った日数が分かる | 29 |
| そのうち1日以上待った | 23 |
| そのうち7日以上待った | 9 |
待った日数が分かる29件で、案件ごとの最長は0日から52日、中央値は3日でした。
多くは数日で動き出していますが、1か月を超えて止まったものもあります。
こちらから素材や返事を求める連絡を送った記録は52件、重ねて催促したものは19件(合わせて35通)ありました。
重ねて催促した19件は、どれも止まった39件の中にあります。
数えてみて分かったのは、納期の延長のことです。
納期を延ばした、または相談した記録は15件で、そのうち14件は止まった39件の中にありました。
ただ、延ばした理由が発注者側と読めるものは3件だけで、こちら側やその他の理由が8件、混ざっている・分からないものが4件でした。
止まった39件のうち25件は、納期を動かした記録がありません。
延ばした日数が分かる5件は、1日から13日でした。
案件フォルダ全体にある契約書4通(受注した案件のもの2通、商談中の案件のもの1通、失注した案件の合意書の案1通。
自分で用意したもの2通、受け取ったもの2通)のうち、発注者の協力や資料の提供を定めていたものは2通、発注者の都合による遅れの扱いを定めていたものは1通でした(条項や文言は出しません)。
待っている間に文字で残しておきたいこと
ここまでをもとに、素材が届かないときに文字で残しておきたいことを並べます。
- いつまでに何が要るか:発注の時点で、どの素材を誰がいつまでに用意するかを文字にしておく。契約書が無くても、メールやメッセージで構いません
- 届いていないこと:届いていない素材と、それが無いと進めない作業を具体的に伝える。素材以外の作業は済ませておき、届けばすぐ進められることも添える
- 納期への影響:「◯日までに届けば公開日に間に合います。それを過ぎると公開日が◯日後ろにずれます」のように、遅れの影響を先に伝えておく
- 納期を変えるなら、変えたことを文字で:いつに変わったのか、理由は何かを、双方が同じ文面で確かめておく
責めがあるかどうかは、やり取りの中身で判断されます。
「素材が来なかった」と「こちらが待っていることを伝えていた」は、別々に記録しておかないと、あとから示せません。
まとめ
- 納期が来れば原則として遅れの責任が生じるが、受注者に責めのない遅れなら損害賠償の責任は負わない(第415条ただし書)。発注者の責めで遅れたなら、発注者はそれを理由に解除できない(第543条)
- 発注者の協力の義務を定めた民法の条文はない。信義則や裁判例、契約で考える。IPAのモデル契約は、発注者の資料の提供遅延による遅れを受注者の免責としている
- 発注者の責めで完成できなくなったら、報酬の全額を請求できるとされる(第536条第2項)
- フリーランス法では、発注者の支給の遅れで生じた納期遅れを受注者のせいにして報酬を減らすことは、減額にあたりうる(発注者が従業員を使う事業者などで、1か月以上の仕事に限る)
- 何がいつまでに要るか、届いていないこと、納期への影響を、文字で残しておく
契約書で見る場所をまとめて確かめるときは業務委託契約書で最低限見る場所を、納品後の不具合の扱いは納品したサイトの不具合は、いつまで直す義務があるのかを見てください。
