納品したサイトのフォームが止まっていて、問い合わせを取りこぼしていた。
更新作業のミスで、数日サイトが表示されなかった。
発注者から「その間の損失を払ってほしい」と言われたら、どこまで払う必要があるのか。
受託で制作をしていると、一度は考えておきたい場面です。
先に結論を書きます。
- 契約に定めが無ければ、民法で決まります。賠償するのは、契約どおりに履行しなかったことで「通常生ずべき損害」と、特別の事情によって生じた損害のうち、当事者がその事情を「予見すべきであった」もの(民法 第416条)。金額の上限はありません
- 契約で、範囲や上限を決めておけます。ただし、故意や重大な過失による損害には、上限の定めが効かないという考え方が支配的です(IPAのモデル契約の解説)
- 手元の契約書5件では、上限の扱いが分かれていました。発注者が用意した契約書には上限が無いものがあり、上限を入れてほしいと頼んで受け入れられたこともあります
ふだんはフリーランスでWeb制作をしています(運営者情報)。
弁護士ではないので、ここに書くのは条文と公的資料の該当箇所、自分の記録で確かめたことだけです。
個別の契約の解釈や、実際に請求を受けたときの対応は、専門家に相談してください。
契約に定めが無ければ、民法の「通常の損害」と「予見すべきだった特別の損害」
サイトの制作は、完成させることを約束する請負にあたることが多いと考えています。
約束どおりに履行しなかったときの損害賠償は、民法 第415条が土台です。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
民法 第415条第1項
ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
納品したものに不具合があった場合(契約不適合)も、直してもらう・代金を減らしてもらうといった請求とは別に、この第415条の損害賠償を請求できます(第564条。
請負には第559条で準用)。
賠償の範囲を決めているのが第416条です。
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
民法 第416条第1項
特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
民法 第416条第2項
民法(債権関係)の改正の前は、第2項が「予見し、又は予見することができたとき」でした(法務省の新旧対照条文)。
いまは「予見すべきであったとき」です。
サイトが止まって失った利益が「通常生ずべき損害」なのか「特別の事情による損害」なのかは、条文だけでは決まりません。
個々の事情で判断されることになります。
発注者の側にも落ち度があれば、賠償の額は減らされることがあります(過失相殺)。
債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。
民法 第418条
ここで押さえておきたいのは、民法には賠償額の上限が無いことです。
報酬が10万円の仕事でも、範囲に入る損害が大きければ、報酬を超える額を求められる可能性があります。
契約で、損害賠償の範囲と上限を決めておける
民法は、損害賠償の額をあらかじめ約束しておくことを認めています。
当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
民法 第420条第1項
額そのものを決めるのではなく、「ここまで」という上限を決める条項を入れることもできます。
IPA(情報処理推進機構)と経済産業省の情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉は、損害賠償の条項(第53条)をこう書いています。
このモデル契約は、事業者どうしのシステム開発を想定したもので、Web制作の小さな仕事にそのまま当てはまるわけではありませんが、条項の考え方は参考になります。
2. 本契約及び個別契約の履行に関する損害賠償の累計総額は、債務不履行(契約不適合責任を含む、)不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める○○○の金額を限度とする。
IPA・経済産業省「情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉」第53条第2項
契約違反(債務不履行)だけでなく、不法行為などの請求にも上限をかける書き方になっています。
こう書いていないと、上限が不法行為(民法 第709条)の請求にも及ぶのかがはっきりしなくなると考えています。
上限の金額は「○○○」の空欄です。
解説は、具体的な上限額などは「個々の情報システムの特性等に応じて、個別に決定できるように記述している」としています。
いくらにするのが普通か、を示した公的資料は見つかりませんでした。
範囲を絞る書き方についても、解説に説明があります。
なお、損害の範囲について制限を設ける場合には、通常損害のみについて責任を負い、特別事情による損害、逸失利益についての損害や間接損害を負わないとする趣旨から、直接の結果として現実に被った通常の損害に限定して損害賠償を負う旨規定することが考えられる。
IPA・経済産業省「情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉」第53条の解説
逸失利益は、その事故が無ければ得られたはずの利益のことです。
「サイトが止まっている間に得られたはずの利益」(売上そのものではありません)が、これにあたると考えられます。
故意や重大な過失には、上限が効かないと考えられている
上限を決めても、どんな場合にも効くわけではありません。
モデル契約は、第3項でこう定めています。
3. 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。
IPA・経済産業省「情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉」第53条第3項
そして、解説はその理由を次のように書いています。
損害発生の原因が故意による場合には、判例では免責・責任制限に関する条項は無効となるものと考えられているし、重過失の場合にも同様に無効とするのが、支配的な考え方になっていることから設けられる規定である。
IPA・経済産業省「情報システム・モデル取引・契約書〈第二版〉」第53条の解説
つまり、契約書に第3項のような例外を書いていなくても、故意や重大な過失があれば、上限の定めは無効とされる可能性が高い、ということです。
これは法律の条文ではなく、解説が判例や支配的な考え方として紹介しているものです。
Web制作者にとって気になるのは、何が「重大な過失」になるかです。
解説は、システム開発で重過失が認められた例は「まだ多くはない」としたうえで、ベンダがSQLインジェクション対策を講じなかったために個人情報が流出した事案で、重過失を認めた裁判例(東京地判平成26年1月23日・判例時報2221号71頁)を挙げています。
経済産業省とIPAが代表的な攻撃手法として注意を呼びかけていたので結果を予見しやすく、対策に大きな労力や費用もかからなかった、という理由です。
広く知られた基本的な対策を怠ると、上限があっても守られないおそれがある、と読めます。
また、上限はあくまで発注者との契約の中の約束です。
情報が漏れた本人のように、契約の当事者でない人から直接請求された場合は、発注者との契約の上限には縛られないと考えています。
発注者が消費者なら、消費者契約法が効く
発注者が消費者(事業として、または事業のために契約するのではない個人。
消費者契約法 第2条第1項)の場合は、消費者契約法 第8条が効きます。
事業者(受注者)の賠償責任を全部免除する条項は、原則として無効です(第8条第1項第1号・第3号)。
故意・重大な過失による責任の一部を免除する条項も、原則として無効です(同第2号・第4号)。
ただし、有償の契約で、納品した物の不具合(契約不適合)による損害については、受注者が修補や報酬の減額に応じる責任を負うと契約で決めていれば、債務不履行についての無効の定め(第1号・第2号)は適用されません(同条第2項)。
そのうえで、一部を免除する条項は、軽い過失にだけ適用することを明らかにしていないと、それだけで無効になります。
事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。
消費者契約法 第8条第3項
個人事業主やお店の人が事業のために依頼する場合は、消費者にはあたりません。
フリーランス法には、損害賠償の条項を直接定めた決まりは見当たらない
発注者から、上限の無い損害賠償の条項を示されたら、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)で何か言えないか。
法律の条文にも、公正取引委員会・厚生労働省の「考え方」にも、「賠償」という語は出てきません。
損害賠償の条項に触れた記述は見当たりませんでした。
近いのは、報酬の減額の禁止についての記述です。
受注者に責任がある場合に、発注者が報酬から差し引いてよいのは、発注者が自分で手直しをした場合の「手直しに要した費用等客観的に相当と認められる額」などに限られる、とされています。
ただしこれは報酬から差し引く話で、報酬とは別に賠償を求めることについての記述ではありません。
また、この減額の禁止は、発注者が特定業務委託事業者(従業員を使っている個人か、役員が2人以上いるか従業員を使っている法人)で、1か月以上の業務委託の場合に限られます。
損害賠償の範囲と上限は、法律で守られているというより、契約で決めておくものと考えておくのが実際的だと思います。
私の契約書5件では、上限の扱いが分かれていた
自分の手元にある契約書・合意書5件(受注した案件3件、商談中1件、失注した案件1件)の損害賠償の定めを読み直しました(2026年9月28日時点)。
相手方の文書もあるので、条項番号や文言は載せず、型だけ書きます。
| 損害賠償の定めの型 | 件数 |
|---|---|
| 上限を報酬額とする(自分で用意したひな形) | 2 |
| 上限なしで、受注者だけが全額を負う(発注者が用意) | 1 |
| はじめは上限なし。依頼して、その案件の委託料を上限に加えた(発注者が用意) | 1 |
| 損害賠償の定めが無い。上限を含む3点の調整を依頼したあと、失注(発注者が用意した合意書の案) | 1 |
自分で用意したひな形2件は、どちらも、賠償するのは直接かつ通常の損害に限り、逸失利益は含めず、上限は報酬額、という形です。
ひな形は、はじめは上限を着手金の額にしていましたが、着手金の無い案件で報酬額に直しました。
失注した1件は、回答を待つうちに話が終わったので、上限の依頼が理由だったのかは分かりません。
読み直して気づいたのは、自分のひな形には、故意・重大な過失の場合の例外を書いていなかったことです。
先ほどの解説のとおりなら、書いていなくても故意・重大な過失には上限が効かないと考えられます。
さらに、発注者が消費者なら、軽い過失にだけ適用すると明記していない上限の条項は、条項ごと無効になりえます。
例外を書いておいたほうが、発注者に対して誠実で、誤解も少ないと考えています。
取り込んだ募集内容のファイル1,337件では、「損害賠償」「賠償」という語が出てくるものは0件でした。
募集の段階ではほとんど話題にならず、契約書で初めて出てくるものだと考えています。
これまでに、発注者から損害の賠償を求められた記録はありません。
契約書で確かめたい5つ
- 上限があるか、何を基準にするか:上限が無ければ、民法どおり報酬を超える額もありうる。基準が報酬額か、受け取った額か、一定の期間の額か
- 損害の範囲:直接かつ通常の損害に限るか。逸失利益(止まった間に得られたはずの利益など)を含むか。不法行為の請求にも上限がかかる書き方か
- どちらにかかるか:受注者だけが負う形か、双方に同じ上限がかかる形か
- 故意・重大な過失の扱い:例外を書いていなくても上限が効かないと考えられている。基本的なセキュリティ対策を怠らないことが前提になる
- 期間:いつまで請求を受けるか。不具合の通知の期限は納品したサイトの不具合は、いつまで直す義務があるのかに書きました
なお、不具合の責任を負わないと特約しても、知りながら告げなかった不具合の責任は免れません(民法 第572条。
請負には第559条で準用)。
条文が対象にしているのは責任を負わないとする特約ですが、上限の条項も同じように考えておくのが自然だと思います。
上限の無い条項を示されたら、報酬額を上限にしてほしいと頼んでみる価値はあると考えています。
自分の経験では、受け入れられたことがあります。
受けるかどうかの線は、頼む前に決めておくのがよいと思います。
まとめ
- 契約に定めが無ければ、賠償の範囲は民法 第416条で決まり、上限は無い
- 契約で、損害の範囲(通常損害に限る、逸失利益を除く)と上限を決めておける。上限の金額の相場を示した公的資料は無い
- 故意・重大な過失には、上限の定めが効かないとするのが支配的な考え方。基本的なセキュリティ対策を怠った事案で重過失を認めた裁判例がある
- 発注者が消費者なら、消費者契約法 第8条で、全部免除の条項は原則として無効、軽い過失に限ると明記しない一部免除の条項も無効になる
- フリーランス法には、損害賠償の条項を直接定めた決まりは見当たらない
- 手元の契約書5件では、上限の扱いが分かれていた。発注者が用意した契約書は、特によく読む
契約書で見る場所全体は業務委託契約書で最低限見る場所に、途中でキャンセルされたときの報酬と損害賠償は制作の途中でキャンセルされたら、報酬はどうなるのかにまとめています。
